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長崎地方裁判所 平成6年(ワ)62号 判決 1998年3月18日

原告

菊地宏武

石盛光司

右両名訴訟代理人弁護士

城谷公威

被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

高階信弘

右訴訟代理人弁護士

山下俊夫

田中登

主文

一  被告は、原告らに対し、金五九八〇万円及びこれに対する平成五年八月一四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告らに対し、金一億八二〇〇万円及びこれに対する平成五年八月一四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告菊地宏武が保険契約者となり被告との間で被保険者を原告両名、品目をべっ甲材料として結んだ盗難保険契約に基づき、原告両名が被告に対し保険金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  原告菊地宏武(以下「原告菊地」という。)は、長崎市目覚町に店舗を有し、「菊地べっ甲総本店」の名称でべっ甲製品の販売を業としている者であり、原告石盛光司(以下「原告石盛」という。)は、肩書住居地において、主にべっ甲資材の販売を業としている者である。(原告石盛、同菊地、弁論の全趣旨)

2  原告菊地は、平成四年一〇月一四日、被告との間で、中嶋隆信(以下「中嶋」という。)が経営する代理店を介して、以下の内容の盗難保険契約(以下「本件契約」という。)を結んだ。なお、その際作成された店舗総合保険証券には、保険の目的の所在地として「長崎県西彼杵郡多良見町中里129―9 菊地べっ甲店2F」、保険の目的を収容する建物の構造・用法として「テツキンコンクリートヅクリ 2Fダテテンポ2Fソウコナイ シュウヨウ」と記載されている。(店舗総合保険証券の記載は甲四により、その余は争いがない。)

被保険者  原告両名

品目  べっ甲材料

保険金額  二億二四〇〇万円

保険料   四一万一四八〇円

保険期間  平成四年一〇月一四日〜平成五年一〇月一四日午後四時

3  なお、本件契約当時、原告菊地は、その経営する店舗内の商品や室内装備品については盗難保険に加入していなかった。(原告菊地)

4  ところで、被告作成の「盗難保険ご契約のしおり」によれば、盗難保険において、窃盗又は強盗のために生じた盗取、毀損又は汚損により保険の目的が全損した場合、保険会社は、保険の目的の時価額を保険金額(契約金額)を限度に保険金として支払うべきものとされており、また、盗難保険普通保険約款(以下「本件約款」という。)の第四条及び第一七条では、次のように定められている。(「盗難保険ご契約のしおり」の記載内容は甲二により、その余の事実は争いがない。)

第4条 当会社は、次に掲げる損害をてん補する責めに任じない。

(1) 保険契約者、被保険者およびこれらの者の法定代理人(保険契約者または被保険者が法人であるときは、その理事、取締役または法人の業務を執行するその他の機関。以下同じ。)の故意または重大な過失によって生じた損害

(2)ないし(8)  (省略)

第17条 保険の目的について盗難が発生したときは、当会社は、盗難に関する事実および状況を調査し、かつ、保険契約者、被保険者、その家族、使用人または監守人に対し詳細な陳述を求めることができる。

2 保険契約者または被保険者は、当会社が前項の調査をし、もしくは陳述を求めたときはこれに協力しなければならない。

3 保険契約者または被保険者が第1項の陳述に不正の表示をしたときもしくは知っている事実を告げないときまたは正当な理由なく前項の協力を拒んだときは、当会社は、損害をてん補する責めに任じない。

5  原告菊地は、平成五年八月一三日、原告菊地の父親が経営する長崎県西彼杵郡多良見町中里名一二九番地九所在の株式会社菊地べっ甲店(以下「菊地べっ甲店」という。)の倉庫に保管していた段ボール箱一三〇個(五二〇〇斤)分のべっ甲材料が同年七月一七日深夜から一八日未明にかけて盗まれたとして、被告に対し、本件契約に基づく保険金の支払を請求した。(争いがない。)

6  また、原告両名は、5に先立ち、以下の行動をとった。(被告の主張に対し、原告両名は明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。)

(一) まず、原告両名は、平成四年一〇月一二日の午後三時までに勝原毅及び中井健一に親和銀行(以下、支店名の記載はすべて同銀行のものを指す。)新戸町支店の原告石盛名義の普通預金口座に各二〇〇〇万円を送金させた後、同日午後三時六分、長崎支店でこれを引き出し、そこからタクシーで七ないし八分の距離にある浦上支店へ行き、同日午後四時前に同支店の原告菊地名義の当座預金口座にこれを入金し、さらに同月一三日午前一〇時までに、田口篤に新戸町支店の右普通預金口座に一〇〇〇万円を送金させた。

(二) 一方、原告菊地は、同月一二日、姉川すみまさに浦上支店の右当座預金口座に三〇〇〇万円を送金させた上、同月一三日の午前一〇時までに、馬場まさひろに同口座に三〇〇〇万円を送金させた。

(三) (一)、(二)の結果、浦上支店の原告菊地名義の当座預金口座には、同月一三日の午前一〇時の時点で一億円が記帳されており、原告菊地は、同日午前一〇時ないし一〇時三〇分ころ、自振りの小切手でこれを引き出し、これを同支店からタクシーで三〇ないし三五分の距離にある深堀支店に持参し、同日午前一一時五八分、同支店で、新戸町支店の原告石盛名義の普通預金口座に入金した。

(四) その後、原告菊地は、原告石盛及び椎木亮一(以下「椎木」という。)を同行して、再び深堀支店へ行き、同日午後一時二四分、同支店の右普通預金口座から一億円を引き出した。

7(一)  そして、同年七月三〇日以降、被告が、原告両名が盗まれたとするべっ甲材料について原告両名に対しその仕入値を照会したところ、原告両名は、一斤当たり三万五〇〇〇円である旨回答し、これに沿う納品書、領収証を被告又は被告の委託を受けた有限会社損害保険調査協会(以下「損調協」という。)に提出した。

(二)  さらに、原告菊地は、損調協に対し、べっ甲材料の購入資金について、「一億円について財界の人から融資を受けた。融資金のうち銀行に振込のあった六〇〇〇万円以外の四〇〇〇万円については一〇月一二日に浜町の喫茶店で現金で受け取った。売買代金の残金一七六〇万円は、平成六年四月一〇日決済の手形を振り出して支払った。」と述べた上、右陳述に沿う手形の耳、当座勘定照合表、当座預金元帳、試算表、棚卸表、所得税の確定申告書を提出したが、これらの書類もべっ甲材料の仕入値が一斤当たり三万五〇〇〇円であることを示すものであった。

(三)  また、原告石盛も、損調協に対し、「一億四一二〇万円について知人から融資を受けた。自宅に置いていた右金額の現金のうち一億円を一〇月一三日に親和銀行深堀支店で入金した。一〇月一三日の取引当日に自宅で四一二〇万円を現金で支払い、当日鈴木さんを銀行まで同行し一億円を現金で支払い、残金一〇〇〇万円は翌日ワシントンホテルの一階の喫茶店で現金で支払った。」と述べた上、右陳述に沿う預金通帳、棚卸表、所得税の確定申告書を提出したが、これらの書類もべっ甲材料の仕入値が一斤当たり三万五〇〇〇円であることを示すものであった。

(四)  原告両名は、警察の取調べに対しても、当初損調協に対して述べたのと同様の虚偽の供述を行った上虚偽の証拠を提出していた。

((一)のうち、原告両名が被告の照会に対しべっ甲材料の仕入値を一斤当たり三万五〇〇〇円である旨回答した点は争いがなく、(一)のうちのその余の点及び(二)ないし(四)の各事実については、被告の主張に対し、原告両名は明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。)

8  なお、菊地べっ甲店の倉庫内外の様子は以下のとおりである。(被告の主張に対し、原告両名は明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。)

(一) 菊地べっ甲店の倉庫は、交通量の多い道路に面する鉄筋二階建ての建物の一部であり、同建物の一階では菊地観光センターとしてカステラ等の土産物が販売され、二階のうち、店舗に向かって左半分が倉庫、右半分が菊地べっ甲店の事務所兼倉庫となっている。店の前は、バスも駐車できる広い駐車場となっており、同建物の店舗に向かって左横には登り坂となっている上下二車線の道路があり、その道路を登っていくと同建物の二階の倉庫裏と同じ高さにある駐車場に車両を進入させて同車両を右倉庫裏に乗り付けることができる構造となっている。また、同建物には学習塾等が入った四階建ての建物が隣接しているが、その他に隣接民家は少なく、夜間菊地べっ甲店の倉庫がある建物は、一、二階とも無人となるが、盗難防止の警報等の装置は設置されていない。

(二) 右倉庫の出入口は、アルミ枠で上半分がガラスとなった戸であって、ガラス部分を破って手を入れればノブの横に回転式の錠があり、そのつまみを回すことにより容易に開けることができる。また、右倉庫の出入口は、隣室である菊地べっ甲店の事務所兼倉庫の出入口と近接している上、右倉庫の出入口戸の横には、上半分がガラスとなった引き戸四枚があり、これを開けて荷物の出し入れをするものであるが、これは内部から金具部分を上下に操作することで施錠される簡単なもので、施錠及び開錠に鍵は必要ではない。

(三) 右倉庫は、原告菊地の兄が経営している菊地観光センターから又貸しを受けていた観光土産総合卸シモタ(以下「シモタ」という。)と共同で使用されており、その鍵はシモタが管理をしていたため、倉庫内にはシモタの関係者も日常的に出入りしていた。

二  争点及びこれに対する当事者の主張

1  原告両名によるべっ甲材料の購入及び保管の事実並びに盗難事故の存否

(原告両名の主張)

(一) 原告両名は、平成四年一〇月一三日、共同して、東京都内に在住する鈴木義昭なる人物から、長崎市内に在住する椎木外一名を介して、段ボール箱一九二個(一箱当たり四〇斤、合計七六八〇斤)のべっ甲材料を一億円(一斤当たり一万四五〇〇円とした上、一一三六万円を減額。)で購入し(以下、原告両名が購入したとするべっ甲材料を「本件べっ甲材料」という。)、原告石盛方で引渡しを受けた。

(二) 原告両名は、同日、原告石盛方で、右段ボール箱一九二個の中身を確認の上、うち二〇箱(八〇〇斤)を原告石盛が、一二箱(四八〇斤)を原告菊地がそれぞれ保有し、残る一六〇箱(六四〇〇斤)を一番から一六〇番までの番号を付した上、菊地べっ甲店の倉庫に搬入し、同所でこれを保管した。

(三) 原告石盛は、右保管中の本件べっ甲材料のうち、平成五年一月一八日及び同月一九日に各一二箱(四八〇斤)、同月二〇日に六箱(二四〇斤)の合計三〇箱(一二〇〇斤)(一三一番から一六〇番までのもの)を同所から搬出した。

(四) 残る一三〇箱(五二〇〇斤)の本件べっ甲材料は、平成五年七月一七日深夜から同月一八日未明にかけて何者かにより盗まれた(以下、この盗難事故を「本件盗難事故」という。)。

(被告の主張)

原告両名は、被告の要求にもかかわらず、原告両名が主張する本件べっ甲材料購入を裏付ける資料を提出しないし、そもそも段ボール箱一三〇個のべっ甲材料の重さは約三トンにもなるところ、菊地べっ甲店の倉庫は交通量の多い国道沿いにあり、そこからこれだけ大量のべっ甲材料が盗まれたというのは極めて不自然である上、平成五年一月当時、べっ甲業界においては、べっ甲材料の需要が乏しく、仮にこれを盗んでも売りさばくことが困難であって、足もつきやすいことから、わざわざ危険を冒して大量のべっ甲材料を盗む者がいるとは考えにくい。

2  本件盗難事故当時における本件べっ甲材料の価額

(原告両名の主張)

一斤当たり三万五〇〇〇円を下らない。

(被告の主張)

一斤当たり一万三〇〇〇円ないし一万五〇〇〇円程度である。

3  本件約款第四条による免責(重過失による免責)の当否

(被告の主張)

原告両名には、一の8記載のような、ガラス戸を破れば誰でも簡単に侵入することができるとともに、日常的に誰でも出入りでき、車で乗り付けて商品等を搬出することも容易な倉庫に大量かつ高価な本件べっ甲材料を保管した点で重大な過失があり、被告は、本件約款第四条により免責される。

(原告両名の主張)

被告は、本件契約時に原告両名の本件べっ甲材料の管理の適切性について何ら調査しておらず、原告両名に保管の点で重過失があるとして免責の主張をすることは許されない。

4  本件約款第一七条による免責(不正表示による免責)又は信義則による保険金の減額の当否

(被告の主張)

(一) 本件べっ甲材料の代金は、原告両名の主張によっても実際には一億円にすぎなかったというのに、原告両名は、その購入資金が二億円以上であるかのように見せるため、一の6記載の偽装工作をした上で、被告及び損調協に対し一の7記載の陳述及び書類の提出を行った。

(二) このような原告両名の言動は「不正の表示」にあたり、本件約款第一七条三項により、被告は免責される。

(三) 仮に被告が免責されないとしても、被告による調査に対し原告両名が当初から本件べっ甲材料の取得経過及びその価格について真実を述べていれば、被告は調査その他の活動に多大の時間と費用をかける必要もなく、本件は容易に解決することができた可能性があるから、被告が支払うべき保険金の額については、信義則を理由として民法七二二条を類推し、相当割合の減額がなされるべきである。

(原告の主張)

(一)(1) 保険制度の趣旨からすれば、本件約款第一七条三項により被告が免責されるのは、保険契約者又は被保険者が、保険金を不正に取得する目的で真実と異なる表示を行い、かつその表示の内容が損害填補額に影響を及ぼす可能性のあるものである場合に限られるべきである。

(2) この点、原告両名は、被告及び損調協の調査時点で、既に税務対策として虚偽の領収書や帳簿を作成していたために、それとつじつまを合わせるべく、その内容に合わせて本件べっ甲材料の購入資金等の点につき真実と異なる表示をしたにすぎず、保険金を不正に取得する目的でかかる表示をしたわけではない。

(3) また、商法六三八条一項によれば、「保険者カ填補スヘキ損害ノ額ハ其損害カ生シタル他二於ケル其時ノ価額二依リテ之ヲ定ム」ものとされており、その額は市場価格により確定されるべきであって、仕入値はそのための一資料にすぎず、損害填補額に影響を及ぼす可能性に乏しい事項である。

(二) しかも、原告菊地は、平成五年八月二四日、中嶋に対し、本件べっ甲材料の実際の仕入値が一斤当たり一万三〇二一円である旨申告した。本件契約は中嶋が経営する代理店を介して結ばれたものであるから、原告菊地は、被告に対し申告すべき事項は中嶋に対して申告すれば足りるものと理解していたし、また、実際にもそれで足りるというべきである。

また、本来原告菊地は右の点につき直接被告に対し申告すべきであったとしても、被告は、商道徳上、免責約款について契約当事者に詳細な説明をすべき義務があったのにこれを怠った。したがって、原告菊地が右の点につき直接被告に対し申告しなかったことをもって、被告に対して訂正がなされなかったと主張することは許されない。

(三) よって、本件約款第一七条による被告の免責及び信義則を理由とする保険金の減額と主張はいずれも認められない。

(原告の主張に対する被告の反論)

(一) 原告両名の偽装工作は綿密な計画のもとになされた周到なものである上、原告両名は警察の取調べでも当初損調協に対して述べたのと同様の虚偽の供述を行い、虚偽の証拠を提出し、被告に対しては本件訴訟提起に至るまで虚偽の陳述を撤回しなかったこと、原告菊地はその経営する店内の商品及び室内装備品には盗難保険をかけていないにもかかわらず、本件べっ甲材料につき本件契約を結んでいることなどのほか、原告石盛は、本件盗難事故当時、既に本件べっ甲材料を仕入値以上の値段で売りさばいていたとしており、また、本件契約締結当時、原告石盛は三億数千万円の貸倒れを抱え、原告菊地も融通手形を交換するなど、原告両名とも経済的に逼迫していたと見られるといった事情もあるのであって、これら諸般の事情を総合的に考慮すれば、原告両名は、単なる税務対策ではなく、保険金の不正取得を目的として真実と異なる表示をしたというべきである。

(二) 原告菊地が中嶋に対して行った申告の内容は、本件べっ甲材料の実際の仕入値と調査に来た人物に対し述べた仕入値とが違っていたというものにすぎず、具体的な金額については述べていない上、原告菊地は、中嶋に対し被告又は損調協に右申告の事実を連絡するよう依頼することもなく、後日、被告には右申告の事実が連絡されていないことを確認していながら、そのまま放置しており、訂正の仕方としては極めて不十分である。本来原告両名が虚偽の陳述を訂正しようとするのであれば、直接被告の担当課である損害課又は損調協に連絡しなければならず、そのことは、それまでの保険金請求及び調査手続の経緯から原告両名も理解していたはずであるし、原告両名は平成五年八月二七日には原告両名の訴訟代理人に本件契約に基づく保険金の請求を委任していたのであるから、訂正の仕方等について同代理人に相談すれば、原告菊地がした訂正方法では不十分であることを知り得たのに、原告両名はそれを怠った。

第三  当裁判所の判断

一  原告両名による本件べっ甲材料の購入及び保管の事実並びに本件盗難事故の存否について

1  原告両名のほか証人椎木亮一及び同上田正徳が原告両名の主張に沿う供述をしている(ただし、売主の氏名は明らかではなく、仲介者は右証人両名である。)ほか、原告両名は平成四年一〇月一三日の時点で一億円以上の資金を現実に用意していること(争いがない。)、本件契約締結に先立つ同年六月ないし八月ころ、長崎市古賀町でべっ甲製作所を営む坂井弘利(以下「坂井」という。)のもとにも上田正徳からべっ甲材料約四トンの購入の話が持ち込まれており、坂井は一斤あたり一万四〇〇〇円で買う口約束をしたが、その後右商談はそのままになっているところ、そのべっ甲材料と本件べっ甲材料とは同一のものと見られること(乙一三、三一、証人上田)、同年一〇月一三日に原告石盛方から菊地べっ甲店へ本件べっ甲材料が入った段ボール箱を運搬したとされる田中洋が段ボール箱の数は一〇〇個ないし二〇〇個であったと供述していること(甲一二)等の事実を併せ考慮すれば、売主の氏名の点を除き原告両名の主張する事実を認めることができる。

2  これに対し、原告両名は売買契約書等一九二箱(七六八〇斤)の本件べっ甲材料購入を裏付ける客観的な資料を提出しないし、段ボール箱一三〇個の重さは約三トンにもなることは原告菊地の供述により、菊地べっ甲店の倉庫が道路沿いにあること及び一三〇箱(五二〇〇斤)ものべっ甲材料を売りさばくことが容易でないことは乙一三号証により、それぞれ認められるが、かかる事実は、1の認定を覆すに足りるものではなく、他に1の認定を覆すに足りる証拠はない。

二  本件盗難事故当時における本件べっ甲材料の価額

1  まず、本件契約では本件べっ甲材料の価額は、四〇斤入りの段ボール箱一九二個で一億円とされており、これをもとにその一斤当たりの価額を算定すると一万三〇二一円となる。

2  また、原告両名は、本件契約締結後、本件べっ甲材料のうち事前に搬出するなどして本件盗難事故を免れた分を以下のとおり売却した事実が認められ、その平均価額は一斤当たり三万二七七〇円となる(納品の月日、納品先、数量、一斤当たりの単価を順に記載。なお、金額には消費税を含んでいない。)。

(甲二一の一ないし二一、二二の一ないし四、原告石盛、同菊地)

(原告石盛)

平成四年一〇月一六日 マルセン

四〇斤 三万円

一一月 六日 肥前工芸

四〇斤 三万円

一一月 六日 肥前工芸

四〇斤 二万七〇〇〇円

一一月一六日 マルセン

四〇斤 三万円

一一月二四日 ケイ工芸

一二〇斤 二万八〇〇〇円

一二月二四日 マルセン

四〇斤 三万円

平成五年 一月 八日 イマサト工芸

二三斤 二万八〇〇〇円

一月二四日 ケイ工芸

六〇〇斤 二万八〇〇〇円

二月 七日 ケイ工芸

二四〇斤 二万八〇〇〇円

三月二一日 マルセン

四〇斤 二万八〇〇〇円

四月一四日 マルセン

一六〇斤 二万八〇〇〇円

五月一七日 マルセン

二〇斤 二万八〇〇〇円

五月二五日 相工芸

4.63斤 一一万円

五月三〇日 マルセン

四〇斤 四万円

五月三一日 イマサト工芸 四〇斤 四万円

六月 一日 マルセン

17.9斤 六万円

六月一〇日 マルセン

2.5斤 七万円

六月一五日 マルセン

八〇斤 七万五〇〇〇円

六月二一日 肥前工芸

四〇斤 二万八〇〇〇円

六月二一日 イマサト工芸 八〇斤 七万五〇〇〇円

(原告菊地)

平成四年一〇月二八日 長崎工芸

40.16斤 二万八〇〇〇円

平成五年 一月一一日 三洋べっ甲

一二五斤 二万四〇〇〇円

二月一三日 長崎工芸

四〇斤 二万八〇〇〇円

3  そして、べっ甲業界の関係者らのうち、本件べっ甲材料を実際に見たとする者は、その一斤当たりの価額を次のように評価している。

(一) 坂井(乙一三、三三)

平成五年七月から同年九月ころの価額として

少しずつ買うなら一万五〇〇〇円ないし二万円

大量に買うなら八〇〇〇円

相場としては一万八〇〇〇円ないし二万円

(二) 前田某(以前広くべっ甲を扱っていた者)(乙三二、三三)

平成四年七月から八月ころの価額として

一万四〇〇〇円ないし二万円

(三) 原口某(べっ甲製作所経営)(乙一三)

平成四年九月ないし一〇月ころの価額として

二万五〇〇〇円以下

(四) 山岡秀雄(日本べっ甲協会副会長兼長崎鼈甲装飾品事業協同組合理事長)(甲四四)

平成五年七月ころの価額として

二万八〇〇〇円ないし三万三〇〇〇円

(五) 原厳(日本べっ甲協会監事兼長崎玳瑁琥珀協同共合監事)(甲四六)

平成五年七月ころの価額として

三万円前後

(六) 斉藤秀明(商店経営)(甲五九)

平成四年一〇月ころの価額として

三万五〇〇〇円ないし三万八〇〇〇円

4  このように、本件べっ甲材料の評価は各人により千差万別であり、また、そもそもべっ甲材料はわずかな品質の違いにより価額に大きな差がつくため、客観的にその価額を評価することは困難である。

5  なお、本件契約締結時に比べ、本件盗難事故当時のべっ甲材料の価額は若干低くなっていたものと認められる。(甲四四、四六、原告石盛)

6(一)  ところで、保険制度は債務不履行や不法行為による損害賠償とは異なり、得べかりし利益までも填補するものではないから、「盗難保険ご契約のしおり」にいう「保険の目的の時価額」とは、商品や原材料等の交換材の場合、損害が発生した時点において直ちに再調達しようとすれば必要となる価額を指し、転売利益は含まれないものと解される。

(二)  したがって、本件において「保険の目的の時価額」として問題とされるべき「本件盗難事故当時における本件べっ甲材料の価額」とは、本件盗難事故当時原告両名が本件べっ甲材料を直ちに再調達しようとすれば必要になる額であり、2記載の売値には転売利益が含まれているものと解されることからすれば、「本件盗難事故当時における本件べっ甲材料の価額」は、右売値よりも相当程度低いものになるものというべきである。

(三)  他方、原告両名による本件べっ甲材料の仕入値は、1記載のとおり一斤当たり一万三〇二一円であるが、本件べっ甲材料は、証人上田がその売主の氏名を明らかにすることを拒むなどその出所がかならずしも明らかではない上、その量は通常の卸売では考え難いほど多い(平成四年における全国のメーカで使用されたべっ甲材料の量は約二〇トンと推定される―乙一五―のに対し、原告両名が購入した一九二箱のべっ甲材料は、一箱当たり約二五キログラムであり、合計の重さは四トンを超える―原告菊地―。)ため、原告両名による本件べっ甲材料の仕入値は市場価格に比べて相当低いものと考えられ、右仕入値をもって、本件において「保険の目的の時価額」として問題とされるべき「本件盗難事故当時における本件べっ甲材料の価額」とすることもできない。

(四)  そこで、3記載の関係者らによる評価を参考にした上で、「本件盗難事故当時における本件べっ甲材料の価額」の立証責任は原告両名にあり、その額は控え目に算定されるべきことも併せ考慮すると、右価額は一斤当たり二万三〇〇〇円とするのが相当である。

三  本件約款第四条による免責(重過失による免責)の当否について

本件約款上、保険契約者及び被保険者の重大な過失による損害については被告は免責される旨定められていることは第二の一の4記載のとおりであるが、ここにいう重大な過失とは、ほとんど故意に近い注意欠如の状態、すなわち、通常人に要求される程度の相当の注意をしないでも、わずかの注意さえ払えば違法、有害な結果を容易に予見することができたのに、漫然これを怠ったために右結果を予見できなかった場合をいうと解すべきであるところ、原告両名が本件べっ甲材料を保管していた菊地べっ甲店の倉庫の状況は第二の一の8記載のとおりであるが、原告両名は、本件べっこう材料を店舗内総合保険証券に保管場所として記載されたとおり倉庫内に保管していたのであって、無施錠であったなどの事情は何らの主張、立証もないのであるから、倉庫裏の駐車場に車両を乗り付けることができることや盗難防止の警報等の装置が設置されていないこと、ガラスを破れば倉庫内に簡単に侵入できること、倉庫内にはシモタの関係者も日常的に出入りしていたことなどを考慮しても、いまだ原告両名に右に述べたようなレベルの過失があるものということはできず、したがって、原告両名の重過失を理由とする被告の免責は認められない。

四  本件約款第一七条による免責(不正表示による免責)又は信義則を理由とする保険金の減額の当否について

1  本件約款上、保険の目的に盗難が発生したときに保険会社が行う調査に際し、保険契約者又は被保険者が不正の表示をした場合には、保険会社は免責される旨定められていることは第二の一の4記載のとおりであるが、右の場合に保険契約者又は被保険者が保険会社に対し真実と異なる表示をすれば保険会社は常に免責されるとすることは妥当性を欠く。不正表示を理由に右約款上の定めにより保険会社の免責が認められるのは、その表示の内容(特にその表示が保険会社が支払うべき保険金の額の算定に及ぼす影響の有無、程度)、表示をした者の主観的態様(表示が真実に反するものであることを認識していたか否か、その表示によって保険会社による保険金の額の算定を誤らせる可能性があることを認識、意図していたか否かなど)、その後の不正表示の撤回の有無、経緯、時期及び方法等諸般の事情を総合的に考慮した上で、保険制度の円滑な運用を維持する上で保険会社を免責することがやむを得ない場合に限定すべきである。もっとも、その程度に至らない場合であっても、真実と異なる表示がなされることにより、保険会社に過大な保険金支払をなさしめるおそれを惹起するものであり、また、保険会社は実態の調査等に多かれ少なかれ時間と費用を費やすことを余儀なくされるのであるから、信義則に照らし、保険会社が支払うべき保険金については、事案に応じた相当割合の減額が認められるべきである。

2  この点、原告両名がした表示は、第二の一の6記載の偽装工作をした上で、第二の一の7記載のとおり被告又は被告の委託を受けた損調協に対し本件べっ甲材料について真実と異なる仕入値を述べ、さらにこれに沿う虚偽の内容の書類を提出するなどしたものであって悪質であり、しかも、仕入値は被告が支払うべき保険金の額の算定に重大な影響を及ぼす資料である。しかしながら、その一方で第二の一の6記載の偽装工作は本件盗難事故以前になされたものであって、保険金の不正取得を目的としたものではないと認められる上、右虚偽の内容の書類もその作成自体は脱税工作の一環であって直接には保険金の不正取得を目的としてなされたものではないと考えられることや、原告菊地自身は本件べっ甲材料には三万五〇〇〇円程度の価値があるものと評価しており、そのこと自体は、現に原告両名がその後二の2記載のとおり本件べっ甲材料のうち本件盗難事故を免れた分をこれに近い平均価額で販売していることからすれば不合理とはいえないといった事情もある。

3  なお、原告菊地は、損調協による二度の聞き取り調査を受けた後、仕入値を訂正しようとして一旦損調協の調査員に電話で連絡を試みたがつながらず、その後本件盗難事故後三ないし四か月ほどして、中嶋が菊地べっ甲総本店の事務所を訪れた際、中嶋に対し本件べっ甲材料の実際の仕入値と被告側の調査員に述べた仕入値とが違う旨の申告をした事実が認められる。もっとも、中嶋は、その当時、被告から本件に関しては原告両名と被告の双方に弁護士がつき交渉中であるから独自に交渉しないよう言われていたため、本件に関与するつもりはなく、原告菊地による右申告の事実を被告に連絡せず、その後原告菊地は、中嶋から右申告の事実が被告に連絡されていない旨知らされたが、改めて被告又は損調協に直接申告するなどの措置はとらなかったものと認められる。(甲五四、乙三五、証人中嶋隆信、原告菊地)

4 2、3等の諸般の事情を総合的に考慮すれば、原告両名がした本件べっ甲材料の仕入値に関する不正表示及びそれに先立つ偽装工作は保険金の不正取得を直接の目的としていない上、原告両名と被告の双方で代理人による交渉が行われている最中に、原告菊地が本件契約を取り扱った代理店の経営者に対し、具体的な価額までは説明していないにせよ、実際の仕入値と調査員に述べた仕入値とが違う旨の申告をしており、かかる場合、本来であれば代理店から被告に対し報告がなされるべきものであるから、いまだ保険制度の円滑な運用を維持する上で被告を免責することがやむを得ないとまではいえないが、原告両名がした不正表示は2記載のとおり悪質であると評価できるのであり、信義則に照らし、被告が支払うべき保険金の額については五割を減じるのが相当である。

五  まとめ

以上によれば、原告両名が受けた損害額は、一斤当たり二万三〇〇〇円、総額一億一九六〇万円と算定され、被告が支払うべき保険金の額はかかる金額から五割を減じた五九八〇万円となる。

(裁判長裁判官有満俊昭 裁判官西田隆裕 裁判官村瀬賢裕)

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